お風呂の渦は、南半球では
逆回りになるって本当?
「北半球と南半球では、排水口の渦が逆向きになる」。よく聞く話です。結論から言うと、これは本当ではありません。ただし「まったくのデタラメ」でもありません。その力は確かに存在していて、ただし桁違いに小さすぎるのです。どれくらい小さいのか、数えてみましょう。
洗面台に水をためて、栓を抜きます。渦ができます。向きを覚えておいてください。
もう一度、同じことをします。今度は逆向きに回ることがあります。同じ家、同じ洗面台、同じ半球なのに、です。
お風呂でも試してみてください。栓を抜く前に手でかき混ぜてから抜くと、かき混ぜた向きにそのまま回ります。北半球だからといって、勝手に向きが変わったりはしません。
もし地球の自転が渦の向きを決めているなら、こんなことは起きないはずです。では、あの話は何だったのでしょうか。
地球が回っているせいで、動くものは進む向きから少しずれます。台風の渦の向きは、まさにこの力が決めています。作り話ではありません。
洗面台での大きさは、重力のおよそ100万分の1。栓の形のわずかな傾きや、水を入れたときの残り回転に、完全に埋もれます。
つまりこの話は、「存在するかどうか」ではなく「効くかどうか」を取り違えたものです。順に見ていきましょう。
その力は、たしかにある
地球は1日で1回転しています。赤道では時速1,600キロ以上の速さで動いていることになります。私たちはその上に乗っています。
回転しているものの上では、まっすぐ動いたつもりでも、まわりの景色のほうがずれていきます。回転する遊具の上でボールを投げると、外から見ればまっすぐなのに、乗っている人には曲がって見える。これと同じです(図1)。
この「曲がって見える効果」は、北半球では進む向きに対して右へ、南半球では左へ働きます。だから台風の渦の向きは、北半球と南半球で本当に逆です。衛星写真を見れば一目でわかります。
ここまでは、うわさ話ではありません。天気予報が成り立っているのは、この効果を計算に入れているからです。
では、なぜ風呂では効かないのか
問題は大きさです。この効果の強さは、「どれだけ広い範囲を、どれだけ長い時間かけて動くか」で決まります。
台風は直径数百キロ、何日もかけて回ります。地球の自転による小さなずれが、その間にたっぷり積み重なります。
洗面台は直径30センチ、水が抜けるのは数十秒です。積み重なる時間がありません。
数えてみると、洗面台の水にはたらくこの力は、重力のおよそ100万分の1にしかなりません。一方、実際に渦の向きを決めているのは次のようなものです。
- 水を入れたときの、わずかな回転が残っている ― これが最大の要因です。蛇口から注いだ水は、必ずどちらかに回っています
- 排水口の形が、完全な対称ではない ― ネジ穴、ヘアキャッチャー、わずかな傷
- 容器がわずかに傾いている
- 栓を抜くときの手の動き
- 水温の差による、ゆっくりした対流
どれも、地球の自転による効果よりけた違いに大きいのです。だから渦の向きは、そのときの偶然で決まります。
「他のものに比べて、大きいかどうか」です。
では、条件を極端に整えたら?
ここが面白いところです。実際に確かめた人たちがいます。
1960年代、アメリカと、その数年後にオーストラリアで、それぞれ実験が行われました。やり方は徹底していました。
- 直径2メートル近い、円形で浅い水槽を使う
- 排水口を、できるだけ完全な対称に作る
- 水を入れたあと、18時間以上そのまま置いて、残っている回転を完全に消す
- ふたをして空気の流れを断ち、室温を一定に保つ
- 栓は、水を乱さないよう遠隔で静かに抜く
結果、北半球の実験では反時計回り、南半球の実験では時計回りの渦が、再現よく観測されました。理論どおりです。
つまりこういうことです。効果は本物。ただし、それが顔を出すには、他のすべてを消し去る必要がある。日常の洗面台では、その条件は絶対に整いません。
赤道が通る国の観光地で、赤道の線をまたいで数メートル移動するだけで、桶の水の渦の向きが変わってみせるという実演が行われていることがあります。
これは科学的には成り立ちません。数メートルの移動でこの効果が切り替わることはありませんし、そもそも赤道上ではこの効果はゼロになります(もっとも効きにくい場所です)。
実演では、桶を置くときのわずかな動きや、水を注ぐ向き、葉を落とす位置などで、回転が仕込まれています。タネがわかったうえで見ると、それはそれで楽しめる芸です。見破れるかどうか、試してみてください。
この力が、本当に効いている場所
- 台風・低気圧・高気圧 ― 渦の向きが半球で逆になります。天気図の等圧線に沿って風が吹くのも、この効果と気圧差がつり合っているためです
- 貿易風や偏西風 ― 地球規模の風の向きが決まっています
- 海流 ― 大洋の渦の向きや、海岸沿いの湧き上がりに関わります
- 長距離の砲弾やロケット ― 数十キロ飛ぶものでは、無視できないずれになります
- フーコーの振り子 ― 振り子の面がゆっくり回るのを見せる、地球の自転の実証装置です
共通しているのは、広い範囲か、長い時間か、その両方だということです。
家で確かめられること
- 洗面台に水をためる。そのまま2〜3分置いて、水面が静かになるのを待つ
- 栓を抜き、渦の向きを記録する
- もう一度水をためる。今度は手で時計回りに軽くかき混ぜてから抜く
- さらにもう一度、今度は反時計回りにかき混ぜてから抜く
- 3回の結果を比べる
かき混ぜた向きに、そのまま回るはずです。あなたの手が、地球の自転より圧倒的に強いということです。1回目(静かに待った場合)は、日によって向きが変わることがあります。それも、部屋の空気や水温のわずかな差が決めています。何回か記録をとって、法則性がないことを確かめてみてください。
まとめ
お風呂の渦が半球で逆向きになるという話は、本当ではありません。ただし、その力自体は実在し、台風の渦の向きを決めているのは事実です。存在することと、効いていることは、別のことでした。
科学で大事なのは「あるか」ではなく、
「どれくらいか」です。
もっと知りたい人へ ― 用語・数式・教科書とのつながり中学理科から研究中の話題まで、どのレベルの話かを明示しています
- 中学中学校の理科で習う範囲
- 高校高校の「物理基礎」「物理」で習う範囲
- 高校+高校の「物理」、または教科書の発展・コラム扱いの内容
- 大学高校では習わない、大学の専門科目(地球流体力学)の内容
- 研究大学でも「定説」として教わらない、いま研究者が調べている最中の話
中学用語:回転にまつわる言葉
- コリオリの力:本文で説明してきた「回転する系の上で、動くものが曲がって見える」効果の名前。19世紀のフランスの科学者コリオリにちなみます。
- 見かけの力(慣性力):回転や加速をしている側から見たときにだけ現れる力。電車が急ブレーキをかけたときに前へ引っぱられる感じも、この仲間です。
- 自転:地球が1日で1回転すること。角速度にすると、1秒あたりおよそ 0.0000729 ラジアンです。
- フーコーの振り子:長い振り子を振り続けると、振れる面がゆっくり回っていく装置。地球の自転を目に見える形で示します。
高校高校+式で確かめる:風呂の渦とコリオリは、何桁ちがうのか
「北半球では風呂の渦は右回り」という話があります。本当かどうかは、議論しなくても計算で決着します。大きさを出して、他の力と比べればいいだけです。
a = 2 × Ω × v × sinφ
| a 横へ曲げようとする強さ | 単位は m/s²(重力の 9.8 と同じ単位) |
| Ω 地球が回る速さ | 1日に1回転[rad/s] |
| v 動いているものの速さ | 単位は m/s |
| sinφ 緯度で決まる係数 | 赤道で0、極で1 |
大事なのは、この a が重力と同じ単位で出てくることです。だから9.8 と直接比べられます。「効くか効かないか」を言い争う必要はありません。割り算すれば済みます。
まず Ω を出しておきます。1日は86400秒、1回転は 2π なので、
| Ω を計算する | (2 × 3.14) ÷ 86400 ≒ 0.0000727 |
| 緯度35度なので | sinφ ≒ 0.57 |
| 風呂の水の流れ | v = 0.1 m/s とする |
| 代入する | 2 × 0.0000727 × 0.1 × 0.57 ≒ 0.0000083 |
| 重力は | 9.8 m/s² |
| 重力の何分の1か | 0.0000083 ÷ 9.8 ≒ 0.00000085 |
およそ100万分の1です。これが答えです。
100万分の1というのは、浴槽が 0.001 mm 傾いていれば、それだけで負けるような大きさです。栓の形、抜く前の水のわずかな回り、お湯を入れたときの流れ、床のゆがみ――どれもコリオリより桁違いに大きいことになります。
「北半球だから右回り」は、成り立ちません。ただし、条件を極端に整えた実験室(何日も静置した水、対称な容器)では、確かめられたとされています。効かないのではなく、他に埋もれるのです。
同じ式で台風を見ると、事情が変わります。比べるための数がひとつあります。「勢い」と「コリオリ」の比です。
比 = v ÷ (f × L) (f = 2 × Ω × sinφ ≒ 0.000083、L は大きさ)
| 風呂 v = 0.1 m/s、L = 0.5 m | 0.000083 × 0.5 = 0.0000415 |
| 比を出す | 0.1 ÷ 0.0000415 ≒ 2410 |
| 台風 v = 30 m/s、L = 500000 m | 0.000083 × 500000 = 41.5 |
| 比を出す | 30 ÷ 41.5 ≒ 0.72 |
この比が1より十分大きければコリオリは無視でき、1くらいかそれ以下なら効いてきます。風呂は2410、台風は0.72。3000倍以上ちがいます。
分母を見ればわかります。効くかどうかを決めているのは「大きさ」と「時間」です。台風は500 kmの広がりを持ち、何日もかけて回ります。風呂は50 cmで数十秒。コリオリは弱いけれど、大きくゆっくりしたものには、時間をかけて効いてきます。
「地球の自転は風呂に効かないが台風には効く」というのは、感覚では納得しにくい話です。けれど数を2回入れて比べれば、3000倍という形ではっきり出てきます。式のありがたみは、こういうところにあると思います。
高校高校+大きさを実際に計算する
コリオリの力の大きさは、次の式で表されます。
F = 2 m Ω v sin φ
m は質量、Ω は地球の自転の角速度(約 7.29 × 10⁻⁵ /秒)、v は速さ、φ は緯度です。
| コリオリの力 | 2 × 1 × 7.29×10⁻⁵ × 0.1 × sin35° ≒ 8.4 × 10⁻⁶ N |
| 同じ水にはたらく重力 | 1 × 9.8 = 9.8 N |
| 比 | およそ 117万分の1 |
※ 本文の「100万分の1」はこの計算によります。緯度や流速で多少変わります。
sin φ が入っているのがポイントです。赤道(緯度0度)では sin 0° = 0 なので、コリオリの力はゼロになります。赤道の実演が成り立たない理由は、ここにあります。極に近いほど強くなります。
大学「効くかどうか」を決める数
大きさを比べるのに便利な量があります。ロスビー数です。
Ro = U / (f L)(U は速さ、L は現象の大きさ、f = 2Ω sin φ はコリオリ因子)
この数が1よりずっと小さければ、コリオリの力が支配的。1よりずっと大きければ、無視できます。
| 台風(L ≒ 500 km、U ≒ 30 m/s) | Ro ≒ 0.7 → 効く |
| 低気圧(L ≒ 1,000 km、U ≒ 10 m/s) | Ro ≒ 0.1 → 強く効く |
| 洗面台(L ≒ 0.3 m、U ≒ 0.1 m/s) | Ro ≒ 4,000 → 完全に無視できる |
洗面台のロスビー数は、台風のおよそ1万倍です。同じ現象を語っているのに、支配している力がまったく違うことが、この1つの数でわかります。地球流体力学では、この数によって「どの式を使ってよいか」が変わります。
ちなみに、実験室でコリオリの効果を見るには、この Ro を小さくする必要があります。U を極端に小さくする(=流れを遅くする)か、L を大きくする(=大きな水槽を使う)しかありません。1960年代の実験が「直径2メートル」「18時間静置」という条件になったのは、この2つを同時に狙ったからです。
研究まだよくわかっていないこと
- 排水渦そのものの理論は、意外に難しいままです。渦の中心に空気の筒ができるかどうか、それがどんなときに安定するか、渦がいつ立ち上がるかは、水深・粘り気・排水口の形・初期の乱れが複雑に絡みます。実務的には数値計算に頼っており、簡潔な予測式は得られていません。
- どちら向きに回るかは、原理的に予測できません。ごくわずかな初期条件の差が結果を決めるため、実質的にコインの表裏と同じです。「予測できないこと」自体が、この現象の性質になっています。
- 1960年代の実験は、追試が容易ではありません。条件が非常に厳しく、少しの空気の流れや温度差で結果が乱れます。教育目的で再現する試みは各国で行われていますが、成功率は高くありません。「正しい結果が出た実験」でありながら、気軽に確かめられないという、扱いの難しい題材です。
- 大陸規模での影響には、いまも議論があります。「北半球の川は右岸が削られやすい」という主張(19世紀に提唱されたもの)については、地形や地質の影響と切り分けるのが難しく、どこまで一般化できるかは定まっていません。
「うわさは間違い」で終わらせず、どこまでが正しくてどこからが違うのかを分けることが、この題材のいちばん面白いところです。
教科書とのつながり(レベル別)
| レベル | 科目・単元 | この記事のどこ |
|---|---|---|
| 中学 | 理科・地球の自転/力のはたらき/気象 | 回転する台の話、台風の渦の向き |
| 高校 | 物理・円運動と慣性力 | 見かけの力としての位置づけ |
| 高校+ | 物理・非慣性系(多くの教科書で発展扱い) | F = 2mΩv sinφ、赤道でゼロになる理由 |
| 大学 | 地球流体力学・気象学・海洋物理学 | ロスビー数、地衡風、実験条件の設計 |
| 研究 | 流体力学(未解決) | 排水渦の理論、向きの予測不能性、追試の難しさ |
- Shapiro, A. H., Bath-Tub Vortex, Nature 196, 1080–1081, 1962(北半球での実験)。
- Trefethen, L. M. et al., The Bath-Tub Vortex in the Southern Hemisphere, Nature 207, 1084–1085, 1965(南半球での実験)。
- Vallis, G. K., Atmospheric and Oceanic Fluid Dynamics(ロスビー数、地衡流の標準的な教科書)。
- 気象庁による、台風および低気圧の構造に関する解説。
- Baer, K. E. von による19世紀の主張と、その後の検証をめぐる議論(結論は定まっていません)。
※ 計算に用いた数値は代表的な目安です。緯度・流速・容器の大きさによって変わります。
※本記事は一般向けの科学解説です。掲載した数値は、しくみを理解するための目安であり、条件によって幅があります。観察の際は、水を出したままその場を離れないようご注意ください。