毒キノコは、色や「縦に裂けるか」で見分けられるの?
― 毒は形に出ず、煮ても消えず、遅れて効きます
「地味な色なら大丈夫」「縦に裂ければ食べられる」「ナスと煮れば毒が消える」。秋になると聞こえてくるキノコの言い伝えは、どれも当てになりません。毒の正体は、見た目とは関係のない小さな化学物質です。しかも一部の毒は、煮ても消えず、食べてから半日ほどたって効き始めます。
秋の山道。倒れた木に、シイタケのようなキノコがびっしり生えています。いっしょに歩いていた人が言います。「縦にきれいに裂けるし、色も地味だから大丈夫だよ」。
持ち帰って焼いて食べると、香りも味も悪くありません。夜まで何ともなく、「やっぱり平気だった」と思います。
ところが、日本でキノコの食中毒がいちばん多い種類の一つは、まさにこういう「シイタケに似た地味なキノコ」です。なぜ見た目の決まりは当てにならないのでしょうか。
言い伝えが外れる理由は、2つだけ
毒は、キノコの中にある目に見えない分子です。色や裂け方を決める仕組みとは別物です。だから、地味で縦に裂ける毒キノコもあれば、派手でも食べられるキノコもあります。
命に関わる毒の中には、煮ても焼いても乾かしても壊れないものがあります。しかも食べてすぐには症状が出ません。「食べても平気だった」と感じたころには、もう体に入っています。
つまり、見た目で選んでも、料理の仕方で毒を消そうとしても、うまくいきません。順に見ていきましょう。
毒は、見た目とは関係のない分子です
キノコの色は、かさの表面にある色素で決まります。縦に裂けるかどうかは、キノコの体をつくる細い糸の並び方で決まります。どちらも、毒をつくるかどうかとは関係のない性質です。
実際、日本で食中毒の件数が多いとされるのは、ツキヨタケ、クサウラベニタケ、カキシメジの3種です。どれも茶色や灰色の地味なキノコです。ツキヨタケはシイタケやヒラタケに、クサウラベニタケは食べられるシメジのなかまに、よく似ています。しかも、食べられる種類と同じ時期に、同じような場所に生えます。
いちばん危ないのは、真っ白なドクツルタケのなかまです。色は地味どころか、清潔そうにさえ見えます。このなかまには、ごく少量で肝臓を壊す毒が含まれているとされています。どれくらいの量で危ないのかは、図1で確かめられます。
煮ても消えず、遅れて効く毒
「加熱すれば大丈夫」という考えも当てになりません。ドクツルタケのなかまの毒は、アミノ酸が8個、輪のようにつながった小さな分子です。輪になっているので形がくずれにくく、煮ても焼いても乾かしても壊れないとされています。ナスといっしょに煮る、塩漬けにする、といった言い伝えにも、毒を消す力はありません。
もっと怖いのは、効き方です。図2を見てください。食べてから6〜24時間ほどは、何も起きません。そのあと激しい吐き気や下痢が来て、1日ほどで、いったん落ち着きます。ところがその間も、毒は肝臓の細胞を少しずつ壊し続けています。本人の具合と、体の中の傷み方が、食い違うのです。
虫やナメクジがかじったキノコでも、人には毒のことがあります。体のしくみが違えば、毒の効き方も違うからです。毒が肝臓の「たんぱく質を作る仕事」を止めるタイプなら、その仕事のしかたが人と違う生き物には効きにくいことがあります。
じゃあ、どうすればいいの?
- 野山のキノコは、とらない・食べない見た目の決まりで見分ける方法はありません。専門家でも、似た種類の見分けは難しいとされています。
- もらったキノコも、自己判断で食べない人からもらった野生のキノコや、道ばたで売っているものも同じです。迷ったら食べずに捨てます。
- 食べてしまったら、元気でも病院へ症状が出るのを待たずに、残りのキノコや写真を持って受診します。
吐き気・下痢・腹痛・意識がぼんやりするなどの症状があれば、すぐに119番に電話してください。症状がなくても、毒キノコだったかもしれないと気づいたら、様子を見ずに医療機関を受診します。食べ残しや調理前のキノコ、写真があれば持っていくと、種類を調べる手がかりになります。乳幼児や高齢の人は、吐いたり下痢をしたりすると脱水になりやすいので、水分をとらせながら急いで受診してください。自分の判断で無理に吐かせたりせず、医師の指示に従ってください。加熱しても毒は消えないので、料理の工夫で安全にしようとしないことも大切です。
まとめ
毒キノコの言い伝えが外れるのは、毒が見た目と関係のない分子だからです。しかも強い毒ほど熱に強く、食べてから半日以上たって効き始めます。安全に食べられるのは、店で売っている栽培キノコだけだと考えておくのがいちばん確かです。
キノコの毒は、色にも裂け方にも出ない。
「平気だった」と感じた時間こそ、毒が働いている時間です。
キノコが雨のあとに一気に生えるしくみは「キノコは、なぜ雨のあとに急に生えてくるの?」で、加熱では防げない食中毒の別の例は「ひと晩おいたカレーで、なぜ食中毒が起きるの?」で紹介しています。
- スーパーで売っているシイタケ、ヒラタケ、シメジを1本ずつ用意し、どれも縦に裂けることを確かめます。
- 次に、図鑑や自治体の注意ページで、ツキヨタケとクサウラベニタケの写真を見比べます。売り場のキノコとどれくらい似ているかを見てください。
- 最後に、図鑑に書いてある「見分けのポイント」を、写真だけで当てはめられるか試してみます。
売り場のキノコはどれも縦に裂けますが、毒キノコの多くも縦に裂けます。「裂けるかどうか」では何も分からないことが、手で確かめられます。野外のキノコは、触ったあとに手を洗い、口に入れないでください。
もっと知りたい人へ ― 用語・数式・教科書とのつながり中学理科から大学の専門科目まで、どのレベルの話かを明示しています
- 中学中学校の理科で習う範囲
- 高校高校の「化学」「生物」で習う範囲
- 高校+高校の発展、または教科書のコラム扱いの内容
- 大学高校では習わない、大学の専門科目(毒性学・生化学・菌類学)の内容
- 研究大学でも「定説」として教わらない、いま研究者が調べている最中の話
中学用語:この現象には名前があります
- 自然毒:動物や植物、キノコがもともと体の中に持っている毒のことです。細菌(ウェルシュ菌など)が増えて起きる食中毒とは区別されます。
- アマトキシン:ドクツルタケやタマゴテングタケのなかまに含まれる毒の総称です。アミノ酸8個が輪になった分子とされています。
- 潜伏期:毒や病原体が体に入ってから、症状が出るまでの時間です。アマトキシンでは6〜24時間ほどとされています。
中学高校式で確かめる:ひとかけらで、どれだけの毒が入るか
毒の量は「キノコ1グラムに含まれる毒」と「食べた量」のかけ算です。これを、体重から決まる危険の目安と比べます。下の数値は、いずれも資料で「〜とされる」値をもとにした概算です。記号の意味と単位は、式の下の表にまとめました。
| 記号で書くと | D = c × m 、 D危険 = k × W |
| 言葉で書くと | 体に入る毒の量 = 1グラムあたりの毒の量 × 食べた量。危険の目安 = 体重1キロあたりの危険量 × 体重 |
| どこから来る式か | 毒は食べた分だけ足し算で増える(量の比例)。毒の効き目は、体の大きさ(体重)あたりの量で決まる、という毒性学の基本の考え方です |
| 記号 | 意味と単位 |
| D | 体に入る毒の量(mg) |
| c | キノコ1グラムあたりの毒の量(mg/g) |
| m | 食べたキノコの量(g) |
| k | 体重1キロあたりの危険量(mg/kg) |
| W | 体重(kg) |
| 生のキノコ1グラムあたりの毒(c) | およそ 0.2 mg とされる |
| 体重1キロあたりの危険量(k) | およそ 0.1 mg とされる |
| 体重(W) | 大人 60 kg、子ども 20 kg |
| 大人の危険の目安 | 0.1 × 60 = 6 mg |
| 子どもの危険の目安 | 0.1 × 20 = 2 mg |
| かさ半分(30グラム)に含まれる毒 | 0.2 × 30 = 6 mg |
| 子どもの目安に届く量 | 2 ÷ 0.2 = 10 g |
③ 実感に直すと、大人ならかさ半分ほど、子どもならひとかけら(10グラム、角砂糖2〜3個ぶんの重さ)で目安に届く計算です。実際の毒の量は、キノコの個体や部位で何倍も違うとされます。「少しなら大丈夫」という量は、事前には分かりません。
高校高校+なぜ熱に強く、なぜ肝臓をねらうのか
高校アマトキシンは、アミノ酸がペプチド結合で輪のようにつながった環状ペプチドです。ふつうのたんぱく質は、熱でほどけて性質が変わります(変性)。しかし小さな輪の分子は、ほどける「端」がなく、加熱しても形が保たれます。
高校+この毒は、遺伝子の情報を写し取る酵素(RNAポリメラーゼⅡ)に結びつき、その働きを止めるとされています。写し取りが止まると、細胞は新しいたんぱく質を作れなくなります。腸から吸収された血液は、まず肝臓へ流れ込みます。そのため肝臓の細胞が最初に、いちばん多く毒を浴びます。
大学毒性学の見方:用量と、体の中での循環
毒の強さは、体重あたりの量(用量)で比べるのが毒性学の基本で、半数致死量(LD50)などの指標が使われます。アマトキシンは、肝臓から胆汁へ出たあと、腸で再び吸収される腸肝循環を起こすとされています。そのため毒が体に長くとどまります。治療では、この循環を断つための処置や、肝臓が毒を取り込むのを妨げる薬が検討されます。重い場合は肝移植が必要になることもあるとされています。
📖 式の導出や、さらに先の内容:α-アマニチン(ウィキペディア) / ツキヨタケ(ウィキペディア)
研究まだはっきりとはわかっていないこと
- 確実に効く解毒薬は、まだない。 肝臓への取り込みを妨げる薬がいくつか使われていますが、どれがどれだけ効くのかは、比べる試験が難しく、議論が続いているとされます。
- キノコはなぜ毒を作るのか。 食べられるのを防ぐためとよく言われますが、虫には効きにくい毒もあり、本当の役割ははっきりしていません。
- 同じ種類でも毒の量がばらつく理由。 生えた場所や年、個体によって毒の量が大きく違うとされ、何がそれを決めているのかは調べられている最中です。
つまりこの記事の内容も、「いまわかっている範囲での説明」です。ただし「野生のキノコは見た目で判断して食べない」という結論は、研究が進んでも変わらないと考えられています。
教科書とのつながり(レベル別)
| レベル | 科目・単元 | この記事のどこ |
|---|---|---|
| 中学 | 理科「生物のつながり(菌類・分解者)」「消化と吸収」 | キノコは菌類、腸から吸収された物は肝臓へ |
| 高校 | 化学「アミノ酸とたんぱく質」、生物「遺伝子の発現」 | 環状ペプチド、熱による変性 |
| 高校+ | 生物の発展「転写の調節」 | RNAポリメラーゼⅡを止める毒 |
| 大学 | 毒性学・薬理学・菌類学 | 用量、腸肝循環、毒キノコの分類 |
| 研究 | 臨床毒性学・化学生態学 | 解毒薬の効果、キノコが毒を作る理由 |
| ― | 生活とのつながり | 秋のキノコ狩り、もらったキノコの扱い |
- 厚生労働省「自然毒のリスクプロファイル(高等菌類:ツキヨタケ、クサウラベニタケ、カキシメジ、ドクツルタケ ほか)」
- 厚生労働省「食中毒統計資料」(病因物質別・植物性自然毒)
- 東京都保健医療局「食品衛生の窓」毒きのこによる食中毒の解説
- ウィキペディア「α-アマニチン」
- 長沢栄史 監修『日本の毒きのこ』学研
※本記事は一般向けの科学解説です。掲載した数値は、しくみを理解するための目安・概算です。キノコの種類の判定や治療については、医師・保健所・自治体等の指示に従ってください。緊急時は119番へ。