玉ねぎを切ると涙が出るのは、なぜ?
― 切られてから、作られています
丸ごとの玉ねぎを鼻に近づけても、涙は出ません。あの成分は、玉ねぎの中にもともと入っていないからです。包丁を入れた瞬間に、玉ねぎは自分の細胞を材料にして化学物質を組み立てはじめます。植物が持つ、よくできた仕掛けです。
皮をむいただけの玉ねぎを、顔に近づけてみます。涙は出ません。においはしますが、目が痛くなることはありません。
ところが包丁を入れたとたん、数秒から十数秒で目にしみてきます。切る前と切った後で、何かが決定的に変わっています。
さらに不思議なのは、加熱した玉ねぎでは涙が出ないことです。炒めた玉ねぎを刻んでも平気ですし、甘くておいしくなっています。
つまりあの成分は、「生の玉ねぎを、切ったとき」にだけ現れます。条件がずいぶん限定的です。
玉ねぎの細胞の中では、材料になる物質と、それを加工する道具(酵素)が、別の場所にしまわれています。一緒にしておくと反応してしまうからです。
包丁が細胞を壊すと、材料と道具が出会います。数秒で反応が進み、目にしみる気体ができて舞い上がります。
つまり玉ねぎは、壊されたときにだけ発動する仕掛けを持っています。順に見ていきましょう。
なぜ「別々にしまっておく」のか
玉ねぎにとって、この仕組みには利点があります。
目にしみる成分をあらかじめ作って持っていたら、自分の細胞も傷めてしまいます。それに揮発しやすい物質なので、貯めておいても逃げていきます。
そこで玉ねぎは、無害な材料の状態で保管し、道具だけ別の場所に置いておきます。虫や動物にかじられて細胞が壊れたときにだけ、材料と道具が出会って武器ができる。ふだんは安全に貯蔵でき、必要なときだけ即座に発動するという、うまい設計です。
同じ考え方は、植物界に広く見られます。
- ワサビ・からし・大根 ― すりおろすほど辛くなるのは、壊すことで反応が始まるからです。丸のままのワサビは辛くありません
- ニンニク ― 刻むと強いにおいが出ます。玉ねぎと似た仕組みですが、できる物質が違うため、涙は出ません
- 刈った草のにおい ― 芝生を刈ったときのあの青いにおいも、傷つけられた植物が作る物質です
「切ったら香りが立つ」という料理の常識は、じつは植物の防御反応を利用していることになります。
あなたは、その反応の途中に立っています。
なぜ「涙」という形で出るのか
できた気体は軽く、すぐに空気中へ広がって目に届きます。目の表面には、痛みや刺激を感じる神経がびっしり通っています。
この神経が刺激を受けると、脳は「異物が入った」と判断します。そして洗い流すために涙を出すという反射が起きます。まばたきが増えるのも同じ理由です。
つまり涙は、玉ねぎの成分が「涙を出させる」というより、体が自分を守るために出しているものです。目をこすってはいけません。手にも成分が付いているので、かえって悪化します。
では、どうすれば泣かずに切れるのか
しくみがわかると、対策も理屈で選べます。効くのは次の4つです。
切る30分ほど前に冷蔵庫へ。低温では酵素の働きが鈍り、できた成分も飛びにくくなります。反応と揮発の両方を抑えられます。
切れない刃は細胞を押しつぶします。壊れる細胞が増えるほど、反応も増えます。すっと切れる刃のほうが、出る量が減ります。
気体は空気より重くはないので、広がって薄まります。換気扇を回す、扇風機で風を送る、のぞき込まない。それだけで届く量が減ります。
この成分は水に溶けやすいので、水が受け止めてくれます。ただし切りにくく、味も落ちやすいので、無理のない範囲で。
逆に、あまり効かないものもあります。「口に割りばしをくわえる」「息を止める」といった方法が知られていますが、刺激を受けているのは鼻や口ではなく目なので、直接の効果は期待しにくいところです。ゴーグルのように目そのものを覆うほうが、理屈は通っています。
酵素はタンパク質なので、熱を加えると形が変わって働かなくなります。加熱した玉ねぎで涙が出ないのは、道具が壊れているからです。
そして炒めた玉ねぎが甘くなるのには、いくつかの理由が重なっています。刺激のもとになる硫黄を含む物質が分解して甘みを感じさせる物質に変わること、水分が抜けて味が濃くなること、そして焼き色と香ばしさを生む反応が進むことです。飴色玉ねぎの甘さは、砂糖を足したものではありません。
台所で確かめられること
- 玉ねぎを2個用意し、1個だけ30分ほど冷蔵庫で冷やす
- 常温のほうを、いつもどおり切る。目にしみるまでの時間を数える
- 手を洗い、換気して、目が落ち着くまで待つ
- 冷やしたほうを、同じ切り方で切る。しみるまでの時間を比べる
- 余裕があれば、切れない包丁とよく切れる包丁でも比べてみる
冷やしたほうが明らかに楽なはずです。「温度が下がると酵素の働きが鈍る」ことを、自分の目で確かめられます。包丁を扱うので、手元に注意してください。目にしみたら、こすらずに流水で洗い、症状が続くようなら眼科を受診してください。
まとめ
玉ねぎを切ると涙が出るのは、目にしみる成分が、切られた瞬間に細胞の中で組み立てられるからです。材料と道具を別々にしまっておき、壊されたときにだけ発動する。植物が身につけた、よくできた防御の仕組みです。
丸ごとの玉ねぎは、まだ何も持っていません。
包丁が、反応の引き金です。
もっと知りたい人へ ― 用語・化学式・教科書とのつながり中学理科から研究中の話題まで、どのレベルの話かを明示しています
- 中学中学校の理科で習う範囲
- 高校高校の「生物基礎」「化学基礎」で習う範囲
- 高校+高校の「生物」「化学」、または教科書の発展・コラム扱いの内容
- 大学高校では習わない、大学の専門科目(生化学・食品化学)の内容
- 研究大学でも「定説」として教わらない、いま研究者が調べている最中の話
中学用語:この仕組みを表す言葉
- 酵素:生き物の体の中で、化学反応を進める役割をするタンパク質。本文の「道具」です。熱に弱く、加熱すると働かなくなります。
- 液胞(えきほう):植物の細胞の中にある大きな袋。材料になる物質は、おもにここに蓄えられています。
- アリイナーゼ:玉ねぎやニンニクが持つ酵素の名前。材料を切り分ける最初の役目をします。
- 催涙因子:目にしみる気体の呼び名。正式には syn-プロパンチアール-S-オキシド という物質です。
- 揮発性:常温で気体になりやすい性質。だから目まで届きます。
高校式で確かめる:涙を減らす方法を、順位づけしてみる
玉ねぎ対策はいろいろ言われています。冷やす、切れ味のよい包丁、顔を離す、換気。どれがどれくらい効くのかを、計算で並べてみます。
温度が10℃下がると、反応の速さは約半分
| 下がった温度 | 単位は ℃ |
| 速さの倍率 | 10℃ごとに 2 で割る |
涙のもとは、切った瞬間に酵素のはたらきで作られます。酵素も化学反応なので、温度が下がれば遅くなります。
| 室温 | 20 ℃ |
| よく冷やしたとき | 0 ℃ とする |
| 温度差 | 20 − 0 = 20 ℃ |
| 10℃が何回分か | 20 ÷ 10 = 2 回分 |
| 速さの倍率 | 2 × 2 = 4 分の1 |
4分の1です。しかも冷やすと、できた成分が空気中へ飛び出す量も減ります。二重に効きます。
まな板から広がる成分は、遠ざかるほど薄まります。空気中を四方に広がるので、濃さは距離の2乗で薄くなります。
| いつもの距離 | 20 cm とする |
| 顔を上げた距離 | 40 cm |
| 距離は何倍か | 40 ÷ 20 = 2 倍 |
| 濃さは何分の1か | 2 × 2 = 4 分の1 |
顔を20 cm上げるだけで、①と同じ4分の1です。冷蔵庫で冷やすより、はるかに簡単で、すぐできます。
さらに 60 cm まで離せば 3 × 3 = 9 分の1。「まな板に顔を近づけない」が、いちばん費用対効果の高い対策ということになります。
涙のもとは、細胞が壊れてはじめて作られます。つまり壊した細胞の数だけ出ます。切り方で変わるのは、そこです。
| 1辺 10 mm の角切り | ひと切れの表面積を 1 とする |
| 1辺 2 mm のみじん切り | 10 ÷ 2 = 5 倍こまかい |
| 切り口の総面積 | 5 倍になる |
細かく刻むほど涙が出るのは、気のせいではありません。切り口の面積がそのまま増えるからです。
切れ味のよい包丁が効くのも同じ理屈です。切れない刃は、細胞を「切る」のではなく「押しつぶす」ので、切り口以外の細胞まで壊してしまいます。刃を研ぐことは、壊す細胞を減らすことです。
| 顔を20 cm上げる | 4分の1。ただで、すぐできる |
| 60 cm 離れる | 9分の1。ただし手元が見にくい |
| 冷やす(0℃近くまで) | 4分の1。時間がかかる |
| 細かく刻まない | 切り方しだい。料理が決まっているなら選べない |
| 換気扇を回す | 成分を運び去る。上の効果に上乗せできる |
よく言われる「冷やす」は確かに効きますが、費用対効果では「顔を離す」に負けます。同じ4分の1を、準備なしで得られるからです。
そしてこれらは掛け算で効きます。顔を離して(4分の1)、冷やして(さらに4分の1)なら、4 × 4 = 16 分の1。対策は足し算ではなく掛け算になる、というのは覚えておく価値があると思います。
※ 「10℃で半分」は目安であり、酵素によって効き方は変わります。拡散も部屋の風の流れで大きく変わるため、実際の効果はこの計算どおりにはなりません。順位をつかむための概算です。
高校反応は2段階で進みます
玉ねぎの中で起きているのは、次の流れです。
| ① 細胞が壊れる | 液胞にあった材料と、外にあった酵素が出会う |
| ② アリイナーゼが働く | 材料を分解し、不安定な中間体ができる |
| ③ もう1つの酵素が働く | 中間体を、催涙因子に組み替える |
| ④ 揮発して目へ | 数秒から十数秒で目に届き、刺激を感じる |
ポイントは③に、専用の酵素が必要だったことです。長いあいだ、②でできた中間体が自然に催涙因子へ変わると考えられていました。ところが2002年、日本の研究チームがそこにも別の酵素が働いていることを突き止めました。この発見は、後述する「涙の出ない玉ねぎ」への道を開くことになります。
ニンニクでは③の酵素がないため、中間体は別の道すじをたどり、アリシンという物質になります。強いにおいはありますが、催涙成分ではありません。玉ねぎとニンニクの違いは、酵素が1つ多いかどうかです。
高校+なぜ加熱すると働かなくなるのか
酵素はタンパク質でできており、その働きは立体的な形に依存しています。特定の形をした部分に、決まった相手だけがはまり込むことで反応が進みます(基質特異性)。
熱を加えると、この立体構造を保っている弱い結びつきがほどけ、形が崩れます(変性)。いったん崩れた形は、冷やしても元には戻りません。ゆで卵が生卵に戻らないのと同じことです。
低温で働きが鈍るのは、別の理由です。こちらは分子の動きが遅くなって、出会う回数が減るためで、温めれば元に戻ります。「冷やす」と「加熱する」は、効き方の性質が違います。
大学「二成分系」という防御の設計
材料と酵素を別の区画に分けて保管し、組織が壊れたときに混合させる方式は、二成分系の化学的防御と呼ばれます。植物では広く見られる戦略です。
- アブラナ科(ワサビ、からし、キャベツなど):グルコシノレートとミロシナーゼ。混ざるとイソチオシアネート類ができ、あの辛味になります
- ネギ属(玉ねぎ、ニンニク):本記事の仕組み。硫黄を含むアミノ酸の誘導体が材料です
- 緑葉のにおい:脂質が酵素で分解され、いわゆる青葉アルコール・青葉アルデヒドが生じます
この設計には合理性があります。攻撃力のある物質を常時持たずに済み、自家中毒を避けられる。保管中に揮発しない。そして被害を受けた瞬間だけ、局所的に高濃度で発動できる。いわば「火薬と雷管を分けて積んでおく」やり方です。
刺激を受け取る側にも仕組みがあります。催涙因子は、感覚神経にある刺激を感知するチャネル(TRPA1 など)を活性化すると考えられています。これはワサビの辛味成分や催涙スプレーの成分と共通する経路で、「痛み」として認識されるため、味覚ではなく防御反射を引き起こします。
研究「泣かない玉ねぎ」は、まだ完成していません
- 催涙因子を作る酵素を抑えた玉ねぎは、実際に作られています。2002年の発見以降、遺伝子の働きを抑える技術によって、切っても涙が出にくい玉ねぎが試作されました。ただし広く流通するには至っていません。
- 風味との両立が難しいのです。催涙因子を作らないようにすると、中間体が別の経路へ流れます。すると玉ねぎらしい香りや、加熱したときの甘みの出方も変わる可能性があります。「泣かないが、玉ねぎの味がしない」のでは意味がありません。どこまで抑えれば涙だけを減らせるのか、調整はまだ途上です。
- 健康に関わる成分との関係も未整理です。玉ねぎの硫黄化合物には、血液や血管への働きが報告されているものがあります。催涙成分を減らす操作が、これらにどう影響するかは十分にわかっていません。
- そもそも、なぜ玉ねぎだけが「涙を出す」進化をしたのかも謎です。近縁のニンニクは酵素を1つ持たないだけで、催涙因子を作りません。目を刺激することが草食動物への防御としてどれだけ有効だったのか、それとも別の役割の副産物なのか、確かなことは言えていません。
ちなみに、この催涙因子を作る酵素の発見は、2013年のイグ・ノーベル賞(化学賞)に選ばれています。「人を笑わせ、そして考えさせる研究」への賞です。
教科書とのつながり(レベル別)
| レベル | 科目・単元 | この記事のどこ |
|---|---|---|
| 中学 | 理科・細胞のつくり/刺激と反応/状態変化 | 細胞の区画、涙が出る反射、揮発 |
| 高校 | 生物基礎・酵素のはたらき/細胞の構造 | 2段階の反応、液胞と細胞質 |
| 高校+ | 生物・酵素の性質(変性と最適温度) | 加熱で働かなくなる理由、低温との違い |
| 大学 | 生化学・食品化学・植物生理学 | 二成分系の防御、TRPチャネル、硫黄化合物 |
| 研究 | 育種・食品科学(未解決) | 泣かない玉ねぎ、風味との両立、進化の意味 |
| ― | 家庭科 | 冷やす・よく切れる包丁・換気という対策 |
- Imai, S. et al., An onion enzyme that makes the eyes water, Nature 419, 685, 2002(催涙因子を作る酵素の発見)。
- Eady, C. C. et al., Silencing onion lachrymatory factor synthase causes a significant change in the sulfur secondary metabolite profile, Plant Physiology 147, 2096–2106, 2008(涙の出ない玉ねぎと風味の変化)。
- Block, E., Garlic and Other Alliums: The Lore and the Science(ネギ属の化学に関する解説書)。
- Halkier, B. A. & Gershenzon, J., Biology and biochemistry of glucosinolates, Annual Review of Plant Biology 57, 303–333, 2006(アブラナ科の二成分系防御)。
- 農林水産省および各研究機関による、タマネギの成分と品種改良に関する資料。
※ 反応の時間や効果の大きさは、品種・鮮度・条件によって変わります。本記事では一般的な傾向を示しました。
※本記事は一般向けの科学解説です。目に強い刺激を感じたときは、こすらずに流水で洗い、症状が続く場合は眼科を受診してください。調理器具の取り扱いには十分ご注意ください。掲載した内容は、しくみを理解するための整理です。