雲は水のかたまりなのに、
なぜ落ちてこないの?
雲は水でできています。空気より重い水が、なぜ空に浮かんでいられるのでしょう。そして、ずっと浮かんでいたはずの水が、なぜある日とつぜん雨になって落ちてくるのでしょう。じつは「浮いている」のではなく、ものすごくゆっくり落ちているのです。
晴れた日の空に、白い雲が浮かんでいます。何時間も、同じような形で空にとどまっています。
ところがあの雲は、気体の水蒸気ではありません。目に見えている以上、そこにあるのは液体の水の粒です(あるいは氷の粒)。水は空気より千倍近く重いのに、落ちてきません。
ためしに、大きめの積乱雲に含まれる水の量を考えてみると、プール何杯分にもなると言われます。それだけの水が、頭の上に浮かんでいることになります。
そして数時間後、その水は雨になって落ちてきます。何が変わったのでしょうか。
雲をつくる水の粒は、髪の毛の太さの10分の1ほど。空気の抵抗が効きすぎて、落ちる速さは秒速1センチ程度しかありません。わずかな上昇気流で押し戻されます。
雨粒1個ぶんの水は、雲の粒およそ100万個ぶん。この「100万個を1個にまとめる」作業が終わったとき、雨が降ります。
つまり雨とは、水が空にやってくることではなく、すでにある水の粒が「大きくなること」なのです。順に見ていきましょう。
そもそも、なぜ空に水の粒ができるのか
空気は、目に見えない水(水蒸気)を含んでいます。ただし、含める量には限りがあり、その限界は温度が下がるほど小さくなります。
地上の空気が温められて上へのぼると、上空は気圧が低いので空気はふくらみます。ふくらむと温度が下がります(自転車の空気入れが押すと熱くなるのの、ちょうど逆です)。冷えた空気は、それまで抱えていた水蒸気を抱えきれなくなり、あまった分が液体の粒になります。これが雲です。
きれいすぎる空気の中では、水蒸気はなかなか粒になれません。水の分子どうしが最初の小さな粒を作るのは、意外なほど難しいのです。実験室では、限界の何倍もの水蒸気を含ませても、粒ができないことがあります。
実際の空には、ちり、砂ぼこり、海のしぶきが乾いてできた塩の粒、花粉、煙の粒などが漂っています。水蒸気はこうした粒を足場にして液体になります。これを凝結核といいます。
つまり、雲の粒のまんなかにはたいてい何かの「芯」が入っています。空気がまったく汚れていない世界では、雨は今よりずっと降りにくいことになります。
なぜ落ちてこないのか ― 小さいものほど空気は粘る
ここが直感に反するところです。小さいものほど、空気の抵抗が効きます。
紙を丸めて落とすと速く落ちますが、広げると遅く落ちます。同じ重さでも、空気に触れる面積が大きいほど抵抗が大きいからです。粒を小さくしていくと、重さは直径の3乗で減るのに対し、抵抗に効く表面積は2乗でしか減りません。小さくするほど「重さのわりに空気に触れる面が広い」状態になります。
雲の粒(直径0.02ミリ程度)では、この効果が極端です。落下の速さは秒速1センチほど。1時間かけて36メートルしか落ちません。雲の中には、たいてい秒速数十センチから数メートルの上昇気流があります。簡単に押し戻されてしまいます。
だから雲は「浮いている」のではなく、ゆっくり落ちながら、同じくらいの速さで押し上げられ続けているのです。
落ちるのが遅すぎて、落ちきれないのです。
雨になるには ― 100万個を1個にまとめる
雨粒(直径2ミリ程度)は、雲の粒の直径のおよそ100倍です。体積は 100 × 100 × 100 でおよそ100万倍。つまり雲の粒100万個ぶんの水が、1粒に集まる必要があります。
水蒸気がくっついて大きくなるだけでは、とても間に合いません。この作業には、おもに2つの道すじがあります。
雲の上のほうは0℃以下です。そこには氷の粒と、凍っていない水の粒が混じっています。このとき氷の粒だけが、まわりの水の粒を犠牲にして大きく育ちます。育った氷は落ち始め、途中で溶けて雨になります。
少し大きい粒は速く落ちるので、下にある小さい粒に追いついてぶつかり、飲み込みます。大きくなるほど速くなり、さらに多くを飲み込む。雪だるま式に育ちます。
日本の平地に降る雨も、夏の夕立をのぞけば、多くは上空では雪だったものだとされています。地面に着くまでに溶けているだけで、もとは氷なのです。
雨粒は、涙の形をしていません
イラストでは、雨粒は上がとがった涙型に描かれます。これは実際の形ではありません。
小さい雨粒は、表面張力によってほぼまん丸です。大きくなって落ちる速さが増すと、下から空気に押されて下側が平らになり、へこみます。まんじゅうやハンバーガーのパンのような形です。
さらに大きくなると、へこみが深くなってパラシュートのようになり、直径5ミリ前後で分裂します。だから、ものすごく大きな雨粒というものは存在しません。雨粒の大きさに上限があるのは、このためです。
台所で確かめられること
- 透明なペットボトルに、少しだけ(底が濡れる程度)水を入れてふる
- 線香の煙をひと息ぶんだけ入れて、すぐにふたを閉める(これが凝結核の役をします)
- ボトルを両手で強く押してへこませ、そのまま数秒待ってから、パッと放す
- 放した瞬間、ボトルの中が白くくもります。もう一度押すと、くもりが消えます
押すと中の空気は圧縮されて温まり、放すとふくらんで冷えます。冷えた瞬間に水蒸気が抱えきれなくなり、煙の粒を足場にして小さな水の粒ができる ― これが白いくもりの正体で、空にできる雲とまったく同じしくみです。煙を入れないとくもりにくいので、凝結核の役割も同時に確かめられます。
まとめ
雲が落ちてこないのは、水が軽いからではありません。粒が小さすぎて、空気の抵抗で落ちきれないからです。そして雨が降るのは、空に新しく水がやってきたからではなく、もともとあった粒が100万個ぶんの大きさにまとまったからです。
空を見上げたら、そこにはプール何杯分もの水が、
秒速1センチで落ち続けています。
もっと知りたい人へ ― 用語・数式・教科書とのつながり中学理科から研究中の話題まで、どのレベルの話かを明示しています
- 中学中学校の理科で習う範囲
- 高校高校の「物理基礎」「地学基礎」で習う範囲
- 高校+高校の「物理」「地学」、または教科書の発展・コラム扱いの内容
- 大学高校では習わない、大学の専門科目(雲物理学・気象学)の内容
- 研究大学でも「定説」として教わらない、いま研究者が調べている最中の話
中学用語:雲と雨をめぐる言葉
- 飽和水蒸気量:ある温度の空気が含むことのできる水蒸気の最大量。温度が下がると小さくなります。
- 露点(ろてん):空気を冷やしていったとき、水蒸気が水になり始める温度。
- 凝結核(ぎょうけつかく):水蒸気が液体になるときの足場となる、空気中の細かい粒。ちり、海塩、花粉など。
- 雲粒(うんりゅう):雲をつくる水や氷の粒。直径はおよそ 0.01〜0.05 mm。
- 雨粒:直径およそ 0.5〜5 mm。それより小さいものは霧雨と呼ばれます。
- 終端速度:落ちるものが、空気の抵抗と重さがつり合って、それ以上速くならなくなったときの速さ。
中学高校なぜ上昇すると冷えるのか
空気が上昇すると、まわりの気圧が下がるのでふくらみます。ふくらむとき、空気はまわりを押しのける仕事をします。そのぶんのエネルギーが持ち出されるので、外から熱をもらわなくても温度が下がります。これを断熱膨張といいます。
目安として、雲ができる前の乾いた空気では100 m 上昇するごとに約1℃下がるとされています。雲ができ始めると、水蒸気が液体になるときに熱を出す(凝結熱)ため、下がり方はゆるやかになります。
高校式で確かめる:雨粒1つは、雲粒いくつ分か
雲があるのに雨が降らない日があります。雲粒と雨粒は、そんなに違うのか。これは、中学で習う体積の式だけで確かめられます。
V = (4 ÷ 3) × π × r³
| V 球の体積 | 単位は mm³ など |
| r 半径 | 単位は mm |
| π 円周率 | 約 3.14 |
注目してほしいのは r³ です。体積は半径の3乗で増えます。半径が2倍なら体積は8倍、10倍なら1000倍。見た目の差より、中身の差はずっと大きくなります。
2つの球を比べるときは、(4 ÷ 3) × π の部分が両方に同じだけ掛かるので、結局のところ半径の比を3乗するだけで済みます。
| 雲粒の直径 | 約 0.02 mm |
| 雨粒の直径 | 約 2 mm |
| 直径は何倍か | 2 ÷ 0.02 = 100 倍 |
| 体積はその3乗 | 100 × 100 × 100 = 1000000 |
| 答え | 雨粒1つ = 雲粒 約100万個ぶん |
雲粒が100万個集まって、やっと雨粒1つです。大きさの差はたった100倍なのに、必要な数はこれほど増えます。雲ができてもすぐには降らない理由が、この一行に入っています。
もうひとつ、上昇気流に勝てるかという条件があります。落ちる速さが上昇気流より遅ければ、その粒は落ちてこられません。
| 雲の中の上昇気流 | 秒速 約1 m とする |
| 雲粒の落ちる速さ | 秒速 約0.01 m(1 cm) |
| どれだけ足りないか | 1 ÷ 0.01 = 100 倍 足りない |
| 雨粒の落ちる速さ | 秒速 約6 m |
| どれだけ勝てるか | 6 ÷ 1 = 6 倍 |
雲粒は、落ちる速さが100分の1しかないので、事実上ずっと浮いたままです。だから雲は空に留まっていられます。雲が「浮いている」のではなく、「落ちる速さが遅すぎて、上昇気流に押し戻されている」のです。
そして100万個ぶんまで育って、はじめて秒速6 mになり、上昇気流を振り切って地面まで届きます。雨が降るとは、この2つの条件を両方こえることです。
| 雲粒(直径 0.02 mm) | 秒速 約1 cm |
| 霧雨(直径 0.2 mm) | 秒速 約0.7 m |
| 雨粒(直径 2 mm) | 秒速 約6 m |
| 大きな雨粒(直径 5 mm) | 秒速 約9 m(これ以上は分裂する) |
この表をよく見ると、直径が100倍になっても、速さは600倍にしかなっていません。体積は100万倍なのに、です。落ちる速さは、体積ほど素直には増えません。
高校+非常に小さい粒では、空気の抵抗は速さに比例します(F ∝ v)。この範囲では落ちる速さは半径の2乗に比例するので、半径が10分の1になると速さは100分の1になります。粒が大きくなると抵抗は速さの2乗に近づき(F ∝ v²)、落ちる速さは半径の平方根におおよそ比例するようになります。途中で法則が切り替わるので、単純な1本の式では書けません。
大学氷が水を「奪って」育つしくみ
本文で「氷の粒だけが、まわりの水の粒を犠牲にして育つ」と書きました。これはベルシュロン過程(氷晶過程)と呼ばれるもので、雲物理学の基本です。
鍵になるのは、同じ温度でも、氷の表面のほうが水の表面より飽和水蒸気圧が低いという事実です。たとえば −12℃ 付近で、その差はおよそ 10% ほどになります。すると、氷から見れば空気は水蒸気で「過飽和」なのに、水滴から見れば「未飽和」という状態が生じます。
結果として、水滴からは水蒸気が蒸発し続け、その水蒸気が氷の上に凝結し続けます。氷は一方的に成長し、水滴は消えていきます。雲の中に0℃以下でも凍らない水(過冷却水滴)が大量にあるからこそ、この仕組みが働きます。
その後、育った氷どうしがぶつかって雪片になり、落下しながら過冷却水滴を捕まえ(ライミング)、あられや雹へと育つこともあります。落下中に0℃より暖かい層を通れば溶けて雨になります。
研究まだ解けていない問題
- 雨が降り始めるのが、理論より速すぎます。これは雲物理学で長く知られた難問です。水蒸気がくっついて育つ過程は、直径 0.03 mm あたりまでは有効ですが、そこから先は急に効率が落ちます。一方、ぶつかって合体する過程が効き始めるのは 0.08 mm あたりから。その間に「育つ手段のない空白地帯」があります。ところが実際の積雲は、20分ほどで雨を降らせ始めます。理論の予想よりずっと速いのです。
- 有力な説明は「乱流」ですが、決着していません。雲の中の乱れが粒を局所的に密集させ、衝突を増やしているという考え方があり、数値計算や実験室での研究が進んでいます。ただしどの程度効くのか、他の要因(大きめの海塩粒子が引き金になる説など)とどう組み合わさるのかは、まだ定まっていません。
- 雲と大気汚染の関係は、気候予測でいちばん不確かな部分です。凝結核が増えると、同じ水分がより多くの小さな粒に分かれます。すると雲は白くなって太陽光を反射しやすくなり、一方で雨は降りにくくなる可能性があります。この効果の大きさは、気候モデルの予測誤差のうち最大の要因のひとつとされ続けています。
- 人工降雨の効果は、証明が難しいままです。雲に核をまく方法は各国で行われていますが、「まかなくても降ったかもしれない」を否定することが原理的に難しく、効果の定量的な評価は今も議論が続いています。
毎日目にしている雨ですら、「どうやって降り始めるのか」の詳細は完全には説明できていません。身近な現象ほど、案外わかっていないものです。
教科書とのつながり(レベル別)
| レベル | 科目・単元 | この記事のどこ |
|---|---|---|
| 中学 | 理科・状態変化/飽和水蒸気量と露点/気象観測 | 雲のでき方、凝結核、ペットボトルの実験 |
| 高校 | 地学基礎・大気の構造/断熱変化 | 上昇すると冷える理由、100 m で約1℃ |
| 高校 | 物理基礎・力のつり合い/空気抵抗 | 終端速度、なぜ小さい粒は落ちないか |
| 高校+ | 物理・抵抗力と運動/表面張力 | 抵抗が v に比例する領域と v² の領域、雨粒の形と分裂 |
| 大学 | 雲物理学・気象学 | ベルシュロン過程、過冷却水滴、ライミング |
| 研究 | 雲物理学・気候科学(未解決) | 成長の空白地帯、乱流の役割、エアロゾルと雲、人工降雨 |
- 気象庁による雲・降水に関する解説、および気象観測の手引き。
- Pruppacher, H. R. & Klett, J. D., Microphysics of Clouds and Precipitation(雲物理学の標準的な教科書。雲粒・雨粒の大きさと終端速度、ベルシュロン過程)。
- Grabowski, W. W. & Wang, L.-P., Growth of cloud droplets in a turbulent environment, Annual Review of Fluid Mechanics 45, 293–324, 2013(乱流と衝突成長に関するレビュー)。
- IPCC 第6次評価報告書 第1作業部会報告(エアロゾルと雲の相互作用が、気候予測の不確かさの大きな要因であるとする評価)。
- Beard, K. V. & Chuang, C., A new model for the equilibrium shape of raindrops, Journal of the Atmospheric Sciences 44, 1509–1524, 1987(雨粒の平衡形状)。
※ 粒の大きさや落下速度は、条件によって幅があります。本記事では一般に引用される代表的な目安を示しました。
※本記事は一般向けの科学解説です。掲載した数値は、しくみを理解するための目安であり、条件によって幅があります。気象の見通しについては、気象庁および各気象事業者の発表をご確認ください。