なぜ生卵は、ゆでると固まるの?
― たんぱく質が「ほどけて」からむしくみ
生卵は、殻を割るととろりと流れる、透きとおった液体です。ところが、お湯で数分加熱するだけで、二度と生卵には戻らない、白く固まった卵になります。何かを混ぜたわけでも、化学薬品を加えたわけでもありません。ただ熱を加えただけで、これほど劇的な変化が起こるのはなぜでしょうか。
フライパンに割り入れた生卵は、透明に近い卵白が、フライパンの上でどろりと広がります。ところが火にかけて数十秒もすると、透明だった部分が、みるみる白く不透明に変わり、しっかりとした固さになります。
この変化は、冷やしても元には戻りません。氷水で冷やしても、固まった卵白がもう一度とろとろの生卵に戻ることは、絶対にありません。
熱を加えただけで、なぜこれほど後戻りのできない変化が起こるのでしょうか。
生卵の卵白・卵黄には、決まった立体の形に折りたたまれたたんぱく質が、水に溶けています。
加熱すると、たんぱく質の折りたたみがほどけ(変性)、ほどけたもの同士がからみ合って網目を作り(凝固)ます。
「ほどけて、からみ合う」というたんぱく質の変化を、順番に見ていきます。
卵の中身は、「折りたたまれたたんぱく質」の水溶液です
卵白は、90%近くが水で、残りの大部分はたんぱく質です。卵黄にも、脂質とともに、多くのたんぱく質が含まれています。
たんぱく質は、アミノ酸という小さな部品が、長い鎖のようにつながってできた分子です。この鎖は、ただ真っすぐ伸びているのではなく、決まった立体の形に、複雑に折りたたまれています。生卵が透明で液体のままなのは、それぞれのたんぱく質が、この折りたたまれた形を保ったまま、水の中でばらばらに散らばっている状態だからです。
熱で、たんぱく質は「ほどけ」ます
たんぱく質の折りたたまれた形は、比較的弱い力(水素結合など)によって、かろうじて保たれています。熱を加えると、分子の振動が激しくなり、この弱い力が振り切られて、折りたたみがほどけていきます。これを変性と呼びます。
ほどけたたんぱく質どうしが、からみ合って固まります
折りたたみがほどけると、それまで内側に隠れていた部分が、外側に露出します。露出した部分どうしは、たがいに結びつきやすくなり、ほどけたたんぱく質どうしが、次々とからみ合っていきます。これを凝固と呼びます。
からみ合ったたんぱく質は、細かい網目のような構造を作ります。この網目の中に、もともとあった水分子が閉じこめられることで、ぷるんとした、固形に近い質感が生まれます。ゆで卵の白身の、あの独特の食感の正体です。
たんぱく質が「ほどけて、からみ合った」だけです。
一度固まると、元には戻りません
たんぱく質のからみ合いは、非常に多くの分子どうしが、複雑に結びつき直した状態です。冷やしても、元の「1つ1つがきれいに折りたたまれた状態」に、自然に戻ることはありません。これは、いったんくしゃくしゃに丸めた紙を、元通り平らに戻せないことと、感覚としては近いかもしれません。変性・凝固は、基本的に後戻りのできない変化です。
「温泉卵」は、この温度差を利用しています
卵白と卵黄では、含まれるたんぱく質の種類が違うため、変性・凝固が始まる温度も違います。卵黄のたんぱく質は、比較的低い温度から固まり始めるのに対し、卵白の主なたんぱく質は、卵黄よりも高い温度にならないと、しっかりとは固まりません。
この温度の違いを利用したのが温泉卵です。卵黄が固まり、卵白はまだやわらかいという、ふつうの半熟卵とは逆の質感が生まれるのは、この2種類のたんぱく質の「固まり始める温度の差」を、絶妙に利用しているからです。実際にどれくらいの温度差になるのか、次の折りたたみで数字を使って確かめます。
卵の中には、まれに加熱が不十分だと体調を崩す原因になりうる菌が含まれていることがあるとされています。十分に加熱する(とくに小さな子ども・高齢者・妊娠中の人が食べる場合)ことが、基本的な対策とされています。
自分で確かめられること
- 透明なガラスの器に、卵白だけを分けて入れる
- 電子レンジや湯せんなど、安全な方法で少しずつ加熱する(電子レンジの場合は破裂に注意し、短い時間で様子を見ながら行う)
- 透明だった卵白が、白く不透明に変わっていく様子を観察する
- 色が変わった部分は、もう液体には戻らないことを確かめる
透明だったものが白く変わるのは、ほどけてからみ合ったたんぱく質が、光を散乱させるようになるためです。変性が進んでいることが、目でもわかります。
まとめ
生卵が加熱で固まるのは、卵の中のたんぱく質が、決まった立体の形からほどけ(変性)、ほどけたもの同士がからみ合って網目を作る(凝固)ためです。この変化は基本的に後戻りができません。卵白と卵黄で、たんぱく質が固まり始める温度が違うことを利用すると、温泉卵のような、ふつうのゆで卵とは違う質感を作り出すこともできます。
卵が固まるのに、魔法は必要ありません。
熱という、ただのエネルギーが、たんぱく質の姿を作り変えています。
もっと知りたい人へ ― 用語・数値・教科書とのつながり中学理科から研究中の話題まで、どのレベルの話かを明示しています
- 中学中学校の理科で習う範囲
- 高校高校の「化学基礎」で習う範囲
- 高校+高校の「生物」、または教科書の発展・コラム扱いの内容
- 大学高校では習わない、大学の専門科目(食品化学)の内容
- 研究大学でも「定説」として教わらない、いま研究者が調べている最中の話
中学用語:卵が固まるしくみをめぐる言葉
- たんぱく質:アミノ酸がつながってできた、生き物の体を作る主要な分子。
- 変性:たんぱく質の折りたたまれた形が、熱などによってほどけること。
- 凝固:ほどけたたんぱく質どうしがからみ合い、固まること。
高校式で確かめる:卵白を温めるには、どれだけの熱が必要か
卵白の主な成分は水です。卵白を冷蔵庫の温度から、たんぱく質が固まり始める温度まで温めるのに必要な熱の量を、計算してみます。
必要な熱 = 質量 × 比熱 × 温度変化
| 質量 | ここでは、たとえとして卵1個分の卵白、30g(0.03kg)とします |
| 比熱 | 水の比熱、およそ4.18 J/(g・℃)を、卵白の目安として使います |
| 温度変化 | 冷蔵庫の温度(約5℃)から、代表的な目安として80℃まで、75℃分 |
卵白は、たんぱく質などの影響で厳密には水と比熱が異なりますが、90%近くが水であるため、水の値を目安として使うことにします。
| 質量 × 比熱 | 30 × 4.18 = 125.4 |
| さらに温度変化をかける | 125.4 × 75 = 9405 |
| 必要な熱 | 約 9405 J(約9.4 kJ) |
卵1個分の卵白を、固まり始める温度まで温めるだけでも、約9.4キロジュールの熱が必要という計算になります。実際には、たんぱく質の折りたたみをほどく過程そのものにも、さらに熱エネルギーが使われるとされています。
卵白と卵黄で、固まり始める温度には差があります。代表的な目安として、卵黄はおよそ68℃前後から固まり始め、卵白の主なたんぱく質はおよそ80℃前後にならないとしっかり固まらないとされています。
| 卵白と卵黄の、固まり始める温度の差 | 80 − 68 = 12 |
| 温度の差 | 約 12℃ |
この約12℃の「すきま」の温度帯で長時間加熱すると、卵黄は固まっているのに卵白はやわらかいまま、という温泉卵の質感が生まれると考えられています。
※ 比熱・固まり始める温度の数値は、しくみを理解するための代表的な目安です。実際の値は、たんぱく質の種類や加熱時間、卵の個体差によって幅があります。
高校+変性を進めるのは、熱だけではありません
たんぱく質の変性は、熱だけでなく、酸やアルコール、強い塩分などによっても引き起こされることが知られています。たとえば、酢に卵を浸すと、加熱しなくてもたんぱく質が変性して固まり始めることがあります。「折りたたみを保つ弱い力を、何らかの方法で振り切る」という点では、加熱以外の変性も、基本的な考え方は共通しています。
大学たんぱく質ごとに、変性の温度は異なります
卵白には、オボアルブミンをはじめ、複数の種類のたんぱく質が含まれており、それぞれ変性・凝固が始まる温度が異なるとされています。比較的低い温度で変性するたんぱく質から、より高い温度が必要なたんぱく質まで、種類によって「固まり始めるタイミング」に幅があることが、卵の加熱による質感の変化を、単純な一段階の変化ではなく、連続的でなめらかな変化にしていると考えられています。
研究まだ、はっきりしていないこと
- 加熱の温度・時間の細かい組み合わせによって、卵の食感がどこまで精密に制御できるかは、調理科学(低温調理・分子調理法など)の分野で、いまも研究が続けられているテーマです。プロの料理人や研究者が、独自の温度・時間の組み合わせを追求しています。
- 植物由来の原料で、卵のたんぱく質と似た変性・凝固のふるまいを再現しようとする、代替卵の開発も進められています。加熱したときの固まり方や食感を、本物の卵にどこまで近づけられるかが、食品科学における研究課題とされています。
- たんぱく質が変性・凝固する、分子レベルでの詳しい過程(どの部分から、どの順番でほどけていくか)についても、構造生物学の研究が続いているとされています。
毎日のように目にする「ゆで卵」にも、たんぱく質科学の奥深いテーマが詰まっています。
教科書とのつながり(レベル別)
| レベル | 科目・単元 | この記事のどこ |
|---|---|---|
| 中学 | 理科・生物と物質 | たんぱく質・変性・凝固の基本用語 |
| 高校 | 化学基礎・熱量計算 | 比熱から必要な熱量を求める計算、固まる温度の差 |
| 高校+ | 生物・たんぱく質の構造 | 熱以外の変性要因(酸・アルコールなど) |
| 大学 | 食品化学 | 卵白たんぱく質ごとの変性温度の違い |
| 研究 | 調理科学・食品科学(研究中) | 低温調理の精密制御、代替卵の開発、変性過程の構造解析 |
- 食品化学関連の教科書における、卵白たんぱく質の変性・凝固に関する解説。
- 化学基礎教科書における、比熱と熱量計算に関する解説。
- 調理科学関連の資料における、卵黄・卵白の凝固温度と温泉卵の原理に関する解説。
- 厚生労働省「卵の衛生的な取り扱い」に関する一般向け解説資料。
- 食品科学分野における、植物由来の代替卵タンパクの開発に関する研究レビュー。
※ 比熱・凝固温度などの数値は代表的な目安であり、実際の値は条件によって幅があります。
※本記事は一般向けの科学解説です。卵の安全な取り扱い・加熱の目安については、厚生労働省など公的機関の情報をご確認ください。