筋肉痛は、なぜ次の日に来るの?
― 犯人は、もう体からいなくなっています
「筋肉痛は乳酸がたまるから」という説明を、聞いたことがあるかもしれません。これは長く信じられてきましたが、時間を計算すると成り立ちません。乳酸は運動後1〜2時間もあれば、ほぼ体から消えてしまいます。ところが筋肉痛が現れるのは、そこから丸1日近くたってから。犯人はとっくに現場を去っているのに、痛みだけが後から届くという、奇妙なことが起きています。
久しぶりに運動した翌日、階段の上り下りがつらい。ところが運動した直後は、意外と平気だったはずです。
「乳酸がたまっているから」と言われて、なんとなく納得してきた人も多いと思います。ただし、この説明には時間の問題があります。
乳酸は、激しい運動中に増えます。しかし運動をやめれば、比較的短い時間で元の量まで戻ります。翌日まで居座っているわけではありません。
つまり痛みが出るころには、乳酸はもう平常の量に戻っていることになります。では、何が痛みを起こしているのでしょうか。
運動中に増えた乳酸は、運動後1〜2時間ほどで、ほぼ元の量に戻ります。翌日まで残る量ではありません。
とくに「伸びながら力を出す」動きで、筋肉の線維に細かい傷がつきます。そこから始まる体の反応に、時間がかかります。
痛みの遅れは、体がなまけているのではありません。修復のための反応が、順番に立ち上がるのに時間がかかっているのです。順に見ていきます。
乳酸は、痛みの直接の原因ではありません
乳酸は、激しい運動をしているときに、筋肉の中で増える物質です。「乳酸がたまる」という言い方から、それが翌日まで居座って痛みを起こす、というイメージが広まりました。
ところが、乳酸は運動をやめると、比較的すみやかに処理されます。体を動かしながら休む(軽く歩くなど)とさらに早く、じっとしていても、数時間のうちにほぼ元の量へ戻ります。
一方、筋肉痛が強まるのは、運動から半日〜2日ほどたってからです。だから、この現象は「遅れて出る筋肉痛」と呼ばれています。
乳酸が消えてから、痛みが本格化するまでには、大きな時間差があります。この時間差が、乳酸説では説明できない部分です。
乳酸はもう、体からいなくなっています。
本当は、筋肉の中に細かい傷ができています
では、何が起きているのか。ポイントは、筋肉の使われ方にあります。
筋肉には、縮みながら力を出す動きと、伸びながら力を出す動きがあります。階段を上るときはおもに前者、階段を「下りる」とき、重い荷物をゆっくり下ろすときは後者です。ブレーキをかけながら耐える動きだと考えてください。
この「伸びながら耐える」動きが、筋肉に負担が集中しやすいと考えられています。筋肉を作っている細い線維の一部に、目に見えないレベルの、ごく小さな傷ができます。
この傷そのものは、痛みをすぐには生みません。傷ができたあと、体がそれに気づいて、修復のための反応を始めるまでに時間がかかります。
体の反応には、順番と時間がかかります
切り傷の記事で見たように、体の修復は、段階を追って進みます。筋肉のごく小さな傷でも、似たことが起きています。
- 傷ができた直後は、まだ目立った反応はありません。
- 半日ほどかけて、免疫の仕組みがその場所に気づき、細胞が集まりはじめます。
- 集まった細胞が、まわりの神経を刺激しやすい物質を出します。ここで初めて「痛み」として感じられるようになります。
- 1〜2日でこの反応がもっとも強くなり、そこがピークになります。
- その後、数日かけて修復が進み、痛みは引いていきます。
「傷ができる」ことと「痛みを感じる」ことのあいだに、これだけの段取りが挟まっているため、痛みは遅れて出てくることになります。
激しい運動をしている最中に、筋肉が焼けるような感覚になることがあります。これは、遅れて出る筋肉痛とは別の現象です。
運動中は、筋肉の中の環境が一時的に大きく変わり、そこに神経が反応していると考えられています。この感覚は運動をやめれば比較的すぐに引きます。翌日まで残る「遅れて出る筋肉痛」とは、時間の経過も、体の中で起きていることも違います。
「運動中に感じる、あの感覚」と「翌日の筋肉痛」を、同じ乳酸のしわざだと考えると、時間の食い違いに説明がつかなくなります。この記事のいちばんの要点は、そこです。
2回目からは、なぜ楽になるのか
初めて経験する動き(久しぶりの運動、新しい種目)で、とくに強い筋肉痛が出ます。ところが、しばらくしてから似た運動をもう一度すると、同じ強さではやらなくても、筋肉痛はずっと軽くなります。
これは「繰り返し効果」と呼ばれる現象で、数週間ほど効果が続くとされています。1回目の経験を経て、筋肉やその周りの組織が、同じ種類の負担に強くなったと考えられています。
ただし、なぜこれほど効果が大きく、しかもすぐに起こるのかについては、まだ完全には説明されていません。最後の折りたたみでくわしく触れます。
自分で確かめられること
- ふだんあまりしない動きを選ぶ(階段を1段飛ばしで下りる、スクワットをゆっくり下ろす動作を多めに、など)
- 運動直後の脚の感覚を覚えておく。多くの場合、それほど痛くありません
- その日の夜、翌朝、翌々日と、同じ場所を同じように動かして、感覚の変化を記録する
- 痛みのピークが、運動した当日ではなく、1〜2日後に来ることを確かめる
- 数週間後、同じ運動をもう一度してみて、痛みの強さが変わるか比べる
4がこの観察の要です。「運動した瞬間」ではなく「時間差」に痛みのピークがあることを、自分の体で確かめられます。普段運動していない場合や、心臓や関節に不安がある場合は無理をせず、軽い負荷から始めてください。強い痛みが続く、腫れがひどい、しびれがあるといった場合は自己判断せず医療機関へご相談ください。
まとめ
筋肉痛が次の日に来るのは、乳酸のせいではありません。乳酸は運動後、数時間でほぼ元の量に戻ります。本当の原因は、筋肉の線維にできたごく小さな傷と、そこから始まる修復の反応です。傷に気づき、細胞が集まり、痛みとして感じられるまでに、半日から2日という時間がかかります。
痛みが遅れているのではありません。
体の反応そのものに、順番と時間が必要なのです。
もっと知りたい人へ ― 用語・数値・教科書とのつながり中学理科から研究中の話題まで、どのレベルの話かを明示しています
- 中学中学校の理科で習う範囲
- 高校高校の「生物基礎」「化学基礎」で習う範囲
- 高校+高校の「生物」、または教科書の発展・コラム扱いの内容
- 大学高校では習わない、大学の専門科目(運動生理学)の内容
- 研究大学でも「定説」として教わらない、いま研究者が調べている最中の話
中学用語:筋肉痛をめぐる言葉
- 乳酸:激しい運動中に、筋肉でエネルギーを作る過程でできる物質。
- 遅発性筋肉痛(DOMS):運動から半日〜2日ほどたって強まる筋肉痛。本文で扱っているのはこれです。
- 伸張性収縮(エキセントリック収縮):筋肉が伸びながら力を出す動き。階段を下りる、重いものをゆっくり下ろす動作がこれにあたります。
- 短縮性収縮(コンセントリック収縮):筋肉が縮みながら力を出す動き。階段を上る動作など。
- 炎症:組織の傷や異常に対して、体が起こす防御・修復のための反応。腫れ・熱・痛みをともないます。
高校式で確かめる:乳酸は、痛みが出るころに残っているか
本文で「乳酸は数時間で消える」と書きました。本当にそうなのか、計算で確かめます。使うのは、半分に減るまでの時間(半減期)という考え方です。
残っている割合 = (1/2) ^ (経過時間 ÷ 半減期)
| 残っている割合 | 運動直後を1としたときの比率 |
| 経過時間 | 運動が終わってからの時間[分] |
| 半減期 | 量が半分になるまでの時間。血液中の乳酸で約25分とされています |
読み方はこうです。25分たつごとに、残っている量が半分になっていきます。2回分(50分)たてば4分の1、3回分(75分)たてば8分の1です。
| 運動後 25 分(半減期1回分) | (1/2)¹ = 0.5(50%) |
| 運動後 50 分(2回分) | (1/2)² = 0.25(25%) |
| 運動後 90 分(3.6回分) | 90 ÷ 25 = 3.6 回分 |
| 90分後に残っている割合 | 約 0.083(約8%) |
1時間半で、乳酸は運動直後の1割以下まで減っています。実際にはもっと早く戻るという報告もありますが、この計算だけでも十分に速いことがわかります。
| 筋肉痛が強まりはじめる目安 | 運動後 半日(720分)ほど |
| 筋肉痛のピークの目安 | 運動後 1〜2日(1440〜2880分)ほど |
| 720分は、半減期の何回分か | 720 ÷ 25 = 28.8 回分 |
| そのときの乳酸の残存割合 | (1/2)^28.8 ≒ ほぼゼロ |
半減期を28.8回分もくり返すと、残っている量はほとんど計算に出てこないくらい小さくなります。筋肉痛が「まだ弱いうち」の時点で、すでに乳酸はゼロに近いのです。ピークの1〜2日後には、その差はさらに開きます。
「乳酸がたまっているから痛い」は、時間の計算に合いません。これが、乳酸説が退けられている理由です。
※ 乳酸の半減期は運動強度・回復方法(安静か軽い運動か)で変わり、報告によって幅があります。桁をつかむための計算です。
| 傷ができてから、免疫細胞が集まりはじめるまで | 数時間〜半日程度とされています |
| 細胞が集まり、神経を刺激する物質が増えていく期間 | 半日〜1日程度とされています |
| 反応がもっとも強まる時期 | 1〜2日後とされています |
これらを足し合わせると、「半日〜2日後にピークが来る」という、実際に観察される筋肉痛の時間経過とよく合います。
つまり乳酸の時間経過(数時間で消える)ではなく、炎症の時間経過(半日〜2日かけて強まる)のほうが、筋肉痛のタイミングをよく説明します。これが、原因が乳酸ではなく筋線維の傷とその後の反応だと考えられている、時間の面からの根拠です。
高校+なぜ「伸びながら力を出す」動きに傷が集中するのか
筋肉が縮みながら力を出すときは、筋肉自身が動きを作っています。一方、伸びながら力を出すときは、外からの力(重力など)に負けまいと、ブレーキをかけながら耐えている状態です。
この「耐える」動きでは、同じ力を出すのに使う神経からの指令の量が少なくて済むことが知られています。働く線維の数が絞られる一方、1本あたりが受け止める負担は増えると考えられ、これが細かい傷が生じやすい一因とされています。
階段を下りる、山を下る、重い荷物をゆっくり下ろす――「下ろす」「耐える」動きに心当たりがあれば、それが伸びながら力を出す動きです。翌日の筋肉痛が強く出やすいのは、このためです。
大学痛みと、実際の損傷は、ぴったり一致しません
筋肉痛の強さと、筋肉の実際のダメージ(筋力の低下や、傷の程度を示す血液中の物質の量)を比べると、両者は必ずしもきれいに対応しません。
痛みはほとんどないのに、筋力は大きく落ちている場合もあれば、その逆もあります。「痛みの強さ」は、体の中で起きている損傷の程度を、そのまま映す物差しではないということです。
これは実務上も重要です。「筋肉痛が無いから、まだ十分に鍛えられていない」とは限りませんし、「筋肉痛がひどいから、それだけ効果があった」とも限りません。痛みと、体の中の変化は、別々に見る必要があります。
研究まだ、はっきりしていないこと
- 痛みそのものを引き起こしている、正確な引き金は、まだ完全には特定されていません。炎症にともなう複数の物質が神経を刺激すると考えられていますが、どれが主役なのか、どのように組み合わさっているのかは、いまも研究が続いています。
- 「繰り返し効果」(2回目から筋肉痛が軽くなる現象)の正体も、決着していません。筋線維そのものが強くなったという説、まわりの結合組織が変化したという説、神経の使い方が変わったという説などがあり、どれか一つでは説明しきれないとされています。
- ストレッチ、マッサージ、氷で冷やすといった対策が、実際に筋肉痛を減らすかについては、研究によって結果が分かれています。効果があるとする報告と、はっきりした効果は確認できないとする報告の両方があり、広く効果が定まった方法は、いまのところ確立していません。
- 痛みの強さと、実際の組織の損傷が一致しない理由も、完全には説明されていません。感じ方の個人差、神経の感度の違いなど、複数の要因が関わっていると考えられていますが、全体像はまだ整理の途中です。
「乳酸のせい」という誤解は解けてきましたが、では正確に何が痛みを起こしているのかという問いには、まだ完全な答えが出ていません。ひとつの誤解が解けても、次の問いが控えている、という例だと思います。
教科書とのつながり(レベル別)
| レベル | 科目・単元 | この記事のどこ |
|---|---|---|
| 中学 | 理科・運動とエネルギー | 乳酸ができるしくみの基礎 |
| 高校 | 生物基礎・呼吸とエネルギー代謝 | 乳酸の半減期を使った時間の計算 |
| 高校 | 生物基礎・免疫と炎症 | 免疫細胞が集まり修復が始まる流れ |
| 高校+ | 生物・筋収縮のしくみ | 伸張性収縮と短縮性収縮の違い |
| 大学 | 運動生理学 | 痛みと損傷マーカーの不一致 |
| 研究 | 筋生理学(未解決) | 痛みの引き金の特定、繰り返し効果の機構 |
| ― | 健康・運動 | 強い痛みが続くときの受診の目安 |
- Cheung, K., Hume, P. A. & Maxwell, L., Delayed onset muscle soreness: treatment strategies and performance factors, Sports Medicine 33, 2003。
- Schwane, J. A. et al., Delayed-onset muscular soreness and plasma CPK and LDH activities after downhill running, Medicine and Science in Sports and Exercise 15, 1983。
- Hyldahl, R. D., Chen, T. C. & Nosaka, K., Mechanisms and mediators of the skeletal muscle repeated bout effect, Exercise and Sport Sciences Reviews 45, 2017(繰り返し効果)。
- Nielsen, O. B. & de Paoli, F. V., Regulation of Na+-K+ homeostasis and excitability in contracting muscles ほか、運動生理学の教科書における乳酸クリアランスの解説。
- 日本臨床スポーツ医学会等による、運動後の筋肉痛と回復に関する一般向け資料。
※ 乳酸の半減期、炎症反応の時間経過は、個人差・運動強度・条件によって幅があります。本記事では一般に引用される目安を示しました。
※本記事は一般向けの科学解説です。強い筋肉痛が長引く場合、腫れやしびれをともなう場合は、自己判断せず医療機関にご相談ください。運動を始める際は、体調や持病に応じて無理のない範囲で行ってください。掲載した数値は、しくみを理解するための目安です。