木はなぜ、100メートルの高さまで
水を吸い上げられるの?
ポンプでどんなに強く吸っても、水は10メートルまでしか上がりません。これは技術の限界ではなく、物理が決めた上限です。ところが世界一高い木は115メートルあり、てっぺんの葉まで水が届いています。木は、ポンプにできないことをやっています。
ストローで飲み物を吸うとき、あなたは飲み物を「引っぱって」いるのではありません。口の中の空気を減らしているだけです。すると、コップの水面を押している空気の力に負けて、飲み物が押し上げられます。
つまり水を持ち上げているのは、あなたではなく大気圧です。そして大気が押し上げられる高さには限度があります。どんなに完璧なポンプでも、約10メートル。それ以上は、いくら真空にしても上がりません。
ここで木を見上げてください。街路樹でも20メートル、大きな杉なら50メートル、世界一の木は115メートルあります。いちばん上の葉まで、水は届いています。
木は、大気圧の限界を10倍も超えています。吸っているのではないからです。
ポンプは下から押し上げる装置なので、大気圧が上限になります。木は違います。葉のほうから、水の列を引き上げています。
水の分子どうしは強く手をつないでいます。細い管の中では、水の列は切れないロープのようにふるまい、上から引くことができます。
そしてその引っぱる力を生んでいるのは、ポンプでもモーターでもなく、葉から水が蒸発することです。順に見ていきましょう。
なぜポンプは10メートルで止まるのか
ポンプがしているのは、管の中の空気を減らすことだけです。持ち上げる仕事は、水面を押している大気がやっています。
大気が押す力には限りがあります。この力で支えられる水の柱の高さが、およそ10メートルです。管の中を完全な真空にしても、それ以上にはなりません。「もっと強く吸う」ということが、原理的にできないのです。
井戸のポンプが深い井戸で使えないのはこのためで、深井戸では水中にポンプを沈めて下から押し上げます。
木がやっていること ― 上から引く
木の中には、根から葉までつながった細い管が無数に通っています。太さは髪の毛より細いものです。この管は水で満たされていて、根から葉まで一本の水の列になっています。
葉の表面からは、水がたえず蒸発しています。1枚の葉から水の分子が出ていくと、その分だけ列の先端が引かれます。すると列全体が、下から引き上げられます。
ここで効いてくるのが、水の特別な性質です。水の分子どうしは、非常に強く引き合っています。だから細い管の中では、水の列は途中で切れずに、1本のロープのようにふるまいます。上を引けば、下までまとめて上がってきます。
この方式には、大気圧のような上限がありません。ロープの強さが許すかぎり、どこまでも引けるのです。
木は、上から引いています。
引っぱられている水は、押されている水とは逆の状態にあります。圧力でいえばゼロより小さい、つまり真空より低い状態です。ふつうなら考えにくい状態ですが、細い管の中では実現します。
背の高い木のてっぺん近くでは、この引っぱりが大気圧の10倍から20倍に達すると見積もられています。木は、静かに立っているように見えて、内部では相当な力がかかっています。
量も相当です。大きな木は、晴れた日に1日あたり数百リットルの水を吸い上げて空へ返しているとされています。森が「緑のダム」と呼ばれるのは、こうした働きがあるためです。
ただし、この方式には弱点があります
ロープのように引っぱられている水は、実はとても不安定な状態にあります。強く引っぱられた水の中に小さな泡ができると、その泡が一気に広がって列が切れてしまいます。
そうなると、その管はもう水を運べません。乾燥が続いたときや、冬に凍って溶けたときに起こりやすいことが知られています。
木はこれに、いくつかの手で備えています。
- 管をたくさん持つ ― 1本が使えなくなっても、残りが働きます。木の幹は、無数の細い管の束です
- 管どうしの仕切りに、細かい膜がある ― 泡が隣の管へ広がるのを食い止めます
- 毎年、新しい管を作る ― 年輪は、その記録でもあります
それでも限界を超えると、木は水を運べなくなります。干ばつで森が枯れるとき、木は「水がない」だけでなく「水を運ぶ仕組みが壊れて」いることが多いとされています。
木の高さには、限界があるのか
あります。高くなるほど、てっぺんの葉は強く引っぱらないと水を得られません。すると葉は、水を失わないように表面の穴を閉じがちになります。
ところがその穴は、光合成に必要な二酸化炭素の入口でもあります。閉じれば、成長できません。水を守ることと、育つことが、真正面からぶつかります。
この釣り合いから、木の高さの上限はおよそ120〜130メートル程度と見積もられています。実際に記録されている世界一高い木は115メートルほどで、この見積もりとよく合っています。木は、物理の限界のすぐ手前まで来ていることになります。
台所で確かめられること
- コップの水に食紅や絵の具を溶かして、濃い色をつける
- 白いセロリ(葉つき)か白い花を、根元を切って挿す
- 数時間から半日ほど、明るく風通しのよい場所に置く
- 葉の葉脈や花びらが、色づいてきます
- 茎を輪切りにすると、色のついた点が並んで見えます。これが水の通る管です
ポンプもモーターもないのに、水は上がっていきます。葉から水が出ていくことだけが、動力です。ためしに1本はポリ袋をかぶせて葉から蒸発できないようにすると、色の上がり方が遅くなります。「蒸発が引っぱっている」ことが、比べると見えてきます。
まとめ
木が100メートルの高さまで水を運べるのは、ポンプのように下から押しているのではなく、葉から蒸発する力で上から引いているからです。押す方式には大気圧という上限がありますが、引く方式にはそれがありません。
木は毎日、静かにポンプの限界を破っています。
動力は、葉から水が出ていくことだけです。
もっと知りたい人へ ― 用語・数式・教科書とのつながり中学理科から研究中の話題まで、どのレベルの話かを明示しています
- 中学中学校の理科で習う範囲
- 高校高校の「生物基礎」「物理基礎」で習う範囲
- 高校+高校の「生物」「物理」、または教科書の発展・コラム扱いの内容
- 大学高校では習わない、大学の専門科目(植物生理学・物理化学)の内容
- 研究大学でも「定説」として教わらない、いま研究者が調べている最中の話
中学用語:植物の水の道
- 道管(どうかん):根から葉へ水を運ぶ管。本文の「細い管」です。死んだ細胞が筒状につながってできています。
- 師管(しかん):葉で作った養分を運ぶ、別の管。水の通り道とは役割が違います。
- 蒸散(じょうさん):葉から水が水蒸気として出ていくこと。本文の「動力」です。
- 気孔(きこう):葉の表面にある小さな穴。二酸化炭素を取り込むために開き、そのとき水が出ていきます。ここから水蒸気が出て、二酸化炭素が入ります。開けば水を失い、閉じれば光合成ができません。
- 凝集力(ぎょうしゅうりょく):水の分子どうしが引き合う力。水の列が切れずにつながる理由です。
高校式で確かめる:思いつく説明が、2つとも計算で消える
高さ100 mの木のてっぺんまで、水が届いています。どうやって?思いつくのは「根が押し上げる」か「細い管を伝って上がる」でしょう。どちらも、計算すると足りません。順に確かめます。
h = P ÷ (ρ × g)
| h 持ち上げられる高さ | 単位は m |
| P 大気圧 | 101300 Pa |
| ρ 水の密度 | 1000 kg/m³ |
| g 重力 | 9.8 m/s² |
ストローで吸うのと同じ考え方です。吸う側がどれだけがんばっても、押し上げているのは大気圧なので、そこに上限があります。
| 分母を計算する | 1000 × 9.8 = 9800 |
| 割る | 101300 ÷ 9800 ≒ 10.3 |
| 限界の高さ | 10.3 m |
10.3 m が上限です。どんなに強力なポンプを作っても、この方式では超えられません。100 m の木には、10分の1しか届きません。説明その1は、これで消えます。
細い管の中を水が自分で上がる現象(毛細管現象)です。管が細いほど高く上がります。木の水の通り道は、たしかに細い管です。
h = (2 × σ) ÷ (ρ × g × r)
| σ 水の表面張力 | 0.072 N/m |
| r 管の半径 | 単位は m |
| 木の水の通り道の半径 | r = 0.00002 m(20マイクロメートル) |
| 分子を計算する | 2 × 0.072 = 0.144 |
| 分母を計算する | 1000 × 9.8 × 0.00002 = 0.196 |
| 割る | 0.144 ÷ 0.196 ≒ 0.73 |
| 上がる高さ | 0.73 m |
73 cm。説明その1よりさらに届きません。「管が細いから上がる」では、膝の高さにも足りないことになります。説明その2も消えました。
※ もっと細い管ならもっと上がりますが、細くすると今度は水が流れにくくなります。木が必要とする量を運べません。
2つとも消えました。ということは、水は「押し上げられて」も「這い上がって」もいないことになります。残る可能性は上から引っぱっているです。
葉から水が蒸発すると、そのぶん水が引かれます。水の分子どうしは互いに強く引き合っているので、糸のようにつながったまま、下から引き上げられます。ストローで吸うのではなく、水そのものをロープとして引っぱっている、というイメージです。
必要な力も計算できます。
| 100 m 持ち上げるのに要る圧力 | 1000 × 9.8 × 100 = 980000 Pa |
| 大気圧の何倍か | 980000 ÷ 101300 ≒ 9.7 倍 |
これに管の中の摩擦ぶんが加わります。大気圧の10倍を超える引っぱりが、木の中にはたらいていることになります。
ここが面白いところです。これは「押す圧力がゼロより下」という状態で、ふつうの水なら沸騰して泡になってしまう領域です。木の中の水は、本来なら泡になるはずの状態で、泡にならずに引っぱられ続けています。
2つの説明を計算で消したことで、はるかに奇妙な答えにたどり着きました。この状態がなぜ保てるのかは、次の節で扱います。
高校「10メートル」はどこから出るのか
水柱が押し上げられる高さは、大気圧 = 水の密度 × 重力加速度 × 高さ のつり合いで決まります。
| 大気圧 | 約 101,300 Pa |
| 水の密度 × 重力加速度 | 1,000 × 9.8 = 9,800 |
| 高さ = 101,300 ÷ 9,800 | ≒ 10.3 m |
※ 水銀では密度が13.6倍なので、同じ大気圧でも約76 cm。これが水銀気圧計の原理です。
この値は、ポンプの性能とは無関係に決まります。「吸う」という方法を選んだ時点で、上限が決まってしまうのです。
高校高校+毛細管現象だけでは足りない
細い管の中を水が自然に上がる現象(毛細管現象)を思い浮かべた人もいるかもしれません。ただし計算すると、これだけでは足りません。
上がる高さは h = 2γ cosθ /(ρ g r)。道管の半径を 20 マイクロメートルとすると、上がるのはせいぜい1〜2メートルです。100メートルには遠く及びません。
ただし、葉の細胞壁にある「すきま」はけた違いに細いのです。半径が数ナノメートルの世界になると、同じ式から非常に大きな引っぱりが生まれます。毛細管現象は、水を持ち上げる力としてではなく、葉の先端で「引っぱりを発生させる装置」として効いています。この違いが、この話の要点です。
大学凝集力説と、水の準安定状態
この仕組みは凝集力・張力説と呼ばれ、19世紀末に提唱されました。骨組みは、①葉での蒸発が負圧(張力)を生む、②水の凝集力が水柱の連続性を保つ、③道管壁への付着が支える、の3点です。
核心は、水が引っぱられた状態(負圧)で存在できることです。熱力学的にいえば、これは準安定状態です。本来なら気化して空洞ができるはず(キャビテーション)ですが、核となる泡ができなければ、水はかなりの張力に耐えます。実験では、微小な包有物の中の水が −100 MPa を超える張力に耐えた例が報告されています。大気圧のおよそ1,000倍にあたる引っぱりです。
樹木では、通常 −1 〜 −3 MPa 程度の水ポテンシャルで機能しています。管の内部に気体の核がなく、道管が非常に細いことが、この準安定状態を保つ条件になっています。
空洞ができてしまった場合(塞栓)に備え、道管の壁には壁孔膜という微細な膜があり、気泡が隣の道管へ入るのを防いでいます。ただしこの膜は、水の通りやすさと安全性の間のトレードオフになっており、乾燥に強い樹種ほど水を通しにくいという関係が知られています。
研究まだ決着していないこと
- 詰まった管が、どうやって復活するのかがわかっていません。一度気泡で塞がった道管が、再び水で満たされる現象が観察されています。ところが周囲の水が引っぱられている(負圧の)状態で、どうやって泡を押し出せるのかは、熱力学的に説明が難しい問題です。生きた細胞が糖を放出して局所的に水を引き込む、という説が有力ですが、観察手法によって結果が食い違うこともあり、決着していません。
- 木の中の張力を、直接測ることが難しいままです。広く使われている測定法は間接的で、細い探針を差し込む直接測定とは値が食い違うことが長く議論されてきました。測ろうとすると系を乱してしまうという、この分野特有の難しさがあります。
- 干ばつで木が枯れる過程も、完全にはモデル化できていません。「水の通り道が壊れて枯れる」のか「気孔を閉じ続けて栄養が尽きて枯れる」のか、樹種や条件で寄与が変わります。気候変動下で森林がどう応答するかの予測に直結するため、いま最も活発に研究されている領域のひとつです。
- 高さの上限も、確定した値ではありません。水の制約からの見積もりのほか、力学的な座屈、風による損傷、根からの供給など複数の要因が絡みます。過去にはもっと高い木があったという記録もありますが、検証は困難です。
身近な街路樹の中で、いまも物理の限界すれすれのことが起きています。
教科書とのつながり(レベル別)
| レベル | 科目・単元 | この記事のどこ |
|---|---|---|
| 中学 | 理科・植物のつくりとはたらき(道管・蒸散)/大気圧 | 水の通り道、蒸散が動力であること、着色した水の観察 |
| 高校 | 物理基礎・圧力/生物基礎・植物の水分吸収 | 10.3 m の計算、気孔の開閉 |
| 高校+ | 物理・表面張力と毛細管現象/生物・水ポテンシャル | h = 2γcosθ/(ρgr)、細胞壁のすきまの効き方 |
| 大学 | 植物生理学・物理化学 | 凝集力・張力説、準安定状態、キャビテーション、壁孔膜 |
| 研究 | 植物生理学・生態学(未解決) | 塞栓の修復、張力の直接測定、干ばつ枯死、高さの上限 |
- Dixon, H. H. & Joly, J., On the ascent of sap, Philosophical Transactions of the Royal Society B 186, 563–576, 1895(凝集力・張力説の提唱)。
- Koch, G. W. et al., The limits to tree height, Nature 428, 851–854, 2004(木の高さの上限の見積もり)。
- Tyree, M. T. & Zimmermann, M. H., Xylem Structure and the Ascent of Sap(この分野の標準的な教科書)。
- Wheeler, T. D. & Stroock, A. D., The transpiration of water at negative pressures in a synthetic tree, Nature 455, 208–212, 2008(人工の「木」で負圧の輸送を再現した実験)。
- Choat, B. et al., Triggers of tree mortality under drought, Nature 558, 531–539, 2018(干ばつによる枯死の議論)。
※ 張力や高さの数値は、樹種や条件によって幅があります。本記事では一般に引用される目安を示しました。
※本記事は一般向けの科学解説です。掲載した数値は、しくみを理解するための目安であり、条件によって幅があります。観察に使う植物は、公園や他人の敷地のものを採らず、購入したものや自宅のものを使ってください。